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Hoe he'e nalu

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生の本質をしっかり把握しようと思えば,どうしてもそれを,つかの間に過ぎ行く流れ(エロス性,強欲性,憎悪)と切り離したかたちで捉えることはできない。


したがってそこから,内省や説諭といった要素と,目くるめくように過ぎ行く現存在との衝突が避けられなくなってくる。


つまり人間が自由になしうる時間というものは,生という燃え盛る炎の中で,とてつもない速さで費消していくのである。 (セルバンテスへむけてより引用)




月明かりを受けて銀色に光る凪の海を滑るように進むサーフボード。その人影はまるで槍をもった騎士のよう。スタンドアップパドル・サーフインの騎士は、そのまま沖へ銀色に照り返りながら消えていく。水平線を越えたら、そこは桃源郷かな? 空間のない時間は現存在から離れていく。それは瞑想であり、そして溺れるように我を忘れる恋愛に似ている。目覚めると、何もなかったことに気づき、永遠に変わらないところの自己に出会う。つまるところ、無常とは永遠性の横顔なのだ。 

怖れるな、けれど忘れるな、自己憐憫をすてて、そして歩き出せ。








# by amon368 | 2019-09-13 01:03 | てふてふP` | Comments(0)

9.11


ピーター・シンガーのTEDです。
彼の発言のすべてに賛同し、肯定するわけではありませんが、むしろ違和感を感じる部分もありますが、彼の視点のなかに共有すべきだと思える部分も少なくなく、その部分だけを通して、世界のなかに自分を見つけることも悪くないと思えたりします。

・長いです。17分ほどありますので、時間のあるときに見てみてくださいね。

ピーター・シンガーの動物解放論は、ビーガンやベジタリアンに多くの指針を与えています。
それ以外にも、彼は、自発的安楽死、新生児の安楽死について肯定的であり、そして貧困についても独自の理念と行動を展開してます。

キドニーに関しても、彼は、自分が今だに二つの腎臓を持っていることを後ろめたく感じることがあると、冗談を言っています。(本気かもしれませんが。)なぜなら、ドナーとなって、その一つを実際に提供し、他者の生命を救っている人がいるからだそうです。


日付が変わりましたが、昨日は、9.11でした。 キリストの生誕日ともいわれる日でした。
この日、多くの人々の内的意識は、回想的な雰囲気のなかに置かれます。心の深いところで、何かが自分を引っ張るのです。夢のようなその遠い過去から放たれた力は、知らない間に流されていた自分の足を止めさせ、忘れていた何かを不意に気づかせてくれるのです。思い出せば、私たちはまた優しくなれるでしょう。そのまま忘れてしまったら、誰も他者になど構わないのです。






# by amon368 | 2019-09-12 01:29 | 人生の奇譚 | Comments(0)
ありふれた日常の名もなきヒーローたちは、誰に語られることもなく、その活動を続けています。
たとえば、Fight 4 Change(ファイト4チェンジ)、
Brixton Soup Kitchen(ブリクストンスープキッチン)、
Share Community (シェアコミュニティ)、
Black Prince Trust,(ブラックプリンストラスト)。

このビデオは、地域コミュニティのその世代を超えて、彼らの支援を必要とする人々を、支え、励まし、教えていく活動の様子を伝えています。

人生のすべての未完成なヒーローたちは、彼らの希望において、今は、誰かの愛と、優しさと、手助けを必要としています。そして、名もないヒーローたちが、無私無欲で、その声に応え、その希望を共有しようとするのです。

Chi-Chi、
Kenneth、
Rachel、
Solomon、
Geordan、
あなたたちの生き様は、私にさえ、なお立ち上がる力を与えてくれます。

あなたたちが、自分以外の誰かを等しく愛し、無償で与えるその手助けは、簡単なことではなく、それを必要とする人々が、本来は、神に求めるものを、あなたたちが代行することで、世界はより良い場所になっているのです。

私は、これを、『At Last』 で伝えたいと、そう思ったのです。 


Alexis Ffrench/アレクシス・フレンチは、このビデの公開で、概ね、そのような事を言っています。



Alexis Ffrench
# by amon368 | 2019-08-26 13:13 | 人生の奇譚 | Comments(0)

錬金術 / 三つの金

ルネッサンス期の錬金術では、金は、三種類の存在が想定されていた。

・まずは自然が生み出す最良の金、大衆の金であり、それは今日における金である。
・次に星界の金というものが有り、それは月上界 (天上界/宇宙) に存在すると考えられていた。
・そして四大元素の金であり、それは四大元素から構成される物質のうちで最も純粋な凝固体とされた。

大衆の金は自然界の物質としての金であり、星界の金は形相としての金と言うことになるが、いずれも、自然状態で存在する金として想定されていた。

しかし四大元素の金は、不思議なことに物質界にも、天上界にも自然な状態では存在しないと考えられていたのである。

この金は人為によってのみ生成され、しかも星界の金としての性質を持ちながら、大衆の金と同じく物理的な操作が可能な凝固物であつた。つまり、エネルギーエッセンスとしての状態と、物質状態の両方を備えていると考えられていた。
(この視点は、人間存在と同一であり、肉体と霊魂の両方を備えているということになる。)


錬金術の作業工程は、十二段階が知られている。
その工程は水銀を主材料とし、溶解から、凝固へと至るものであつた。 書き出すと次のようになる。

1煆焼  2溶解  3分離  4結合  5腐敗  6凝固
7滋養  8昇華  9発酵  10高揚  11増殖  12投射

しかし、結局のところ、四大元素から取り出した金、つまり賢者の石を直接確認した者はいない。




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ハンス・ホルバイン 作、『大使たち』1533年。(薔薇十字団のエンブレムが隠されている)

手前の歪んだ物体は、頭蓋骨であり、アナモルフォーシスを用いた作例の一つ。




錬金術の重要なスローガンは〈高めること〉であつた。
自然界の水銀を月上界の性質をもつ特殊な金属に高めることである。つまり、この世の物質の霊化を目指していたことになる。

錬金術は、その表現としては、金を作ることがである。しかし、錬金術のより本質的な部分はその精神領域にあり、それは隠された性質と呼ばれる不可視の作用力にその作業工程は置かれていたであろう。

錬金術は、その根本原理を、アリストテレスの四大元素の思想に置いている。だから、それは、本質的には二元論としての、土と火であり、その間に、必然的に、水と風が介入することになる。 

これを易的にいえば、太極からの両儀の分離であり、そして四象へと含まれ、それから具体化する。だから、四象を陰陽へと、〈高まらせ〉、その人為的な陰陽を、四象へと流出させ、そしてその意図を八卦から具体化させることが、錬金術であった。


分離を幾度も繰り返すがよい、
汝の材料が二つの部分に分かれ、
純粋なるものが不純なるものから分離し、
土が青色を帯びてそこに残り、
あらゆる苦しみに耐えて凝固するまでは、
もう一方はスピリチュアルなもので飛翔するが、
汝はこの両者を一体化しなければならない。



しかし、そのような凝固体を作り出すことは、質量を霊化し更に還元することであり、それは、理論上は正しくても、人間の位階では叶わない作業である。人間以上の位階に位置する存在であれば、それはこの世でも叶うかもしれない。だから、錬金術は、本質的には人間精神に働きかける秘儀に位置していた。



魂が肉体と分離して
水により原罪が清められ
純粋に霊化されるまで
汝の真の結合を行うことはできない、
それゆえに、まず最初に魂を肉体から分離するのだ、
ならば魂は物質的な部分と
スピリチュアルな部分の結合を永遠とするであろう。 (逸脱の系譜より抜粋引用)



カバラの生命の樹は、この詩とまったく同じことを、図式化している。つまり錬金術は、人間の作業においても、この世の有機的な世界では、有効なのである。







# by amon368 | 2019-08-23 06:22 | オカルト+魔術 | Comments(0)

夏野菜

昼間、なんとなく、空が高くなったような気がして、
秋がちかづいたのかな、などと思ったする。

それにしても、今年は、ある、夏野菜をふんだんに食べたね。
おそらく、一トンぐらい。

まるで、象のように、やみくもに野菜ばかりを食べていると、
鼻が、長くはなりはしないかと、心配だったけど、
そんなことはなくて、
平安調の鼻と目が、一筆描きのように薄くついている、目の前の顔をみて安心する。


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時代を生き抜いた、代表的な野菜は、
かなりの昔から、今の形に至っていたけれど、
それでも、品種改良を重ねに重ねて、そして、スーパーの陳列棚に並んでいる。

野菜の原型は、今の姿とは違うものだから、
メイクアップの前と、その後のように、あるいは近似的異種のごとくに、
一種の変異の、その恒常化を達成した強者たちなのである。
だから、僕らが普通に食べている野菜は、人類が自然に挑んだ戦いの集積でもあるのだ。


そんな中でも、今年は、ニガウリ(ゴーヤー)を大量に食べた。
特に、新種的に出回っている、アバシーゴーヤーを好んで食べた。
これは、生で、そのまま齧っても、食べられる、水分量の多い甘味系のゴーヤーである。

インド人は、このゴーヤーの中綿を食べて、外側を食べないらしい。
しかし、日本の南西諸島では、外側である緑の部分を食べて、その中綿は捨てる。

所変われば、食べ方も、食べる部位も変わるのであり、
食文化の中には、土地と人種の違いに叶った、体質と知性が働いている。





また、それにしても、怖いニュースが毎日飛びかう。
まるで、バトルロワイヤルのような高速道路。
一般道でさえ危ない感じで、蠅の王が、溢れている。
冷静、沈着に。
トランスポーターに似た、黒のスポーツクーペの僕は、必ず、誰かに、挑まれたりするから。

時代が、もう後戻りできないのは、食べ物が、大きく変わったからかもしれない。
身土不二、地産地消が無理でも、四里四方の、産土神は、僕らを守ってくれないだろうか?








# by amon368 | 2019-08-22 04:30 | てふてふP` | Comments(0)

一つの霊的な情報チャンネルとしての視点を表現する私論。


by amon /アモン